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No.39 一つの「幸福」が滅んだ。

新刊の結語近くで記される文言である。 五箇山の最深部、 桂という小さな村の分校に赴任した教師が、 ダム建設による1970年の離村まで村人たちと交流し、 村の最期を看取った手記 『さよなら、 桂』。
雪で壊れないよう地蔵様を冬前に我が家へ避難させ、 春になると背負って元の地に戻しにいく村人の姿を撮った写真が出てくる。
「地蔵さんを大切にするのは他人を大切にするからとすぐ判ります。 純粋なこのような気持ちを通してこそ、 人は人とつながれる…」 (本文より)
地蔵を背負うその男性と一輪車をひく女性が道ですれ違う写真であるが、 女性が《ごくろうさま》と声をかけたに違いない、 人は人とつながれるというのが頷ける画面である。
私は生意気な青年の頃、 当時のインテリたちがムラ社会は個を圧殺する、 日本では個が確立していないと言っているのを真に受け (もちろん自分には個があると前提) ムラを飛び出すことばかり思っていた。
他人を大切にしようというのこそ個の確立なのかしれない、 そういう個ならそれこそ古代からどのムラにもあったろう、 自分にこそ個はなかった。 地蔵を背負う人の生き生きとした個を撮った写真家は偉大である。
人は一対一で向かい合うのが苦手で、 何か媒介になるモノを通してつながるように出来ているらしい。 すばらしい本を読んだら、 無性に誰かにそれを伝えたくなるように。 桂に豊かな共同体と個が息づいていたのは、 村人たちの心の一番底に純粋なものが保たれていたからであろう。
34年も前に滅んだ村の良さを語って何になると言われれば辛いけど、 かくある今の姿しかなかったのではないと想像するのは楽しいこと! そうでしょ! (2004年12月10日 勝山敏一)