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富山城ツアー

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先日、懇意にしている観光バスの運転手さんから「日本百名城ツアー」の話を聞きました。

日本百名城とは、日本城郭協会が選定した城で、

北陸では「金沢城」「七尾城」「高岡城」「丸岡城」「一乗谷城」が選定されています。

そのツアーの方々は富山市で宿泊され

高岡城を経て七尾城、金沢城を廻られたのですが、

なぜか富山城は富山市郷土博物館も立ち寄って頂けなかったようです。

富山城だって、かつては富山藩十万石の城です。

実に残念ですね。

 

同じ話をあるお店でも聞きました。

今度長野からのお客さんを案内したいのだけど、どこを廻ればよいか見当もつかない。

「どうすれば良いの?」と。

 

しかしアイデアは無限にあるのですが。

出された地鮎を食べながらしばし談笑。

この鮎は神通川支流で生まれ育った鮎ですよ。

地鮎

 

結局、私が約一時間程、富山城近辺を案内する事になりました。

どこを廻るのか?

やはり富山をよく理解して頂くのが先決なので、

かつて市街を神通川が流れていたという事でしょうね。

船橋

かつての船橋と

この界隈の4軒の鱒寿し屋さんで寿しを食べ比べてもらいます。

 

石黒党と湯浅党

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「石黒党と湯浅党」が昨日(7月21日)刊行されました。

この本は、紀伊では滅んだ湯浅一族が、医王山山麓でなぜ生き残っているのか?

という話です。

戦国時代にかけて越中の諸豪族はことごとく没落しました。

先祖伝来の書も灰となり城館跡のみが寂しく残っています。

その城館跡に由来が書かれていることがありますが、

そこには越中が負けて以降のことしか書いない事例を目にします。

実に悔しい思いをいくつもしました。

しかし実はたくましく生き百万石文化を生んでいたのです。

「となみ野」って凄いなと感動しています。

鱒御猟

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神通川は、かつては川魚の宝庫でした。

そして神通川に宮内庁の御猟場がありました。

これは大正8年5月17日の新聞記事です。

御猟記事

「鱒御猟開始」と書いてあります。

当時の写真も残っています。

岐阜の長良川は鵜飼で有名ですが、神通川は鱒漁で有名だったのでしょうか。

この頃、砺波の庄川では岐阜から鵜匠を呼んで鵜飼を企画しています。

庄川での鵜飼が事業として成り立とうとした頃、庄川に小牧ダムが建設されます。

そして大争議となっていきます。

しかしこの話はすっかり忘れられてしまいました。

大国主命

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新潟県妙高市に斐太神社(ひだじんじゃ)があります。

この神社周辺には斐太遺跡があり環濠集落として知れられています。

また古墳群もあり国の史跡に指定されています。

また、神社西方の山上には鮫ヶ尾城があり簡単に登山できます。

鮫ヶ尾城と環濠集落を調査しようとここを訪れて、ここに斐太神社があることにビックリしました。

岐阜県の飛騨地方も「斐太」と書きました。

「どうゆう関係があるんじゃ??」

 

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斐太神社

 

この斐太神社ですが、伝承では、祭神は大国主命でこの地に留まり開拓・開墾にあたったとされています。

越中・高瀬神社も大国主命の旧跡という伝承もあります。

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由緒書

 

つまりはこれが越の国なのかとも考えますが、いわゆる「日本海交流」ですよね。

 

また一つテーマが増えました。

 

福光麻布

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富山県南砺市の旧福光町は「福光麻布(あさぬの)」の産地でした。

昭和天皇の大喪の礼には福光麻布が調達されました。

しかし、これを最後として現在では廃業となり調達できません。

 

そこで桂書房では「福光麻布」製造工程を記録保存するプロジェクトを立上げ、来年をめどに『麻布手仕事図鑑』発刊を目指し編集に取り掛かりました。

福光麻布は「いざり機(はた)」で織られる全国でも珍しい製法でしたが、廃業とともにその製法も失われました。

幸い、いざり機は一台残っていますが、製造工程を復元するのは極めて難しいのです。

それは福光麻布は農家の副業で、かつ分業体制で行われていたので廃業とともにすべてが失われたのです。

福光麻布の起源は、平安遷都の延暦13年〈794)勅命による御霊場建立のため進物用として織られたとされます。

 

将来、復活される場合、その基本資料として制作できればと思っています。

 

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